
日本の野生動物問題はなぜ解決しないのか?
― 長年繰り返される理由と私たちに突きつけられた課題
序章:終わりのない「野生動物との衝突」
クマが民家近くに現れた。イノシシが畑を荒らした。アライグマやハクビシンが屋根裏に住み着いた。
こうしたニュースはもはや「珍しい話題」ではなく、毎年のように繰り返し報じられています。
けれど、多くの人が心のどこかでこう思っているのではないでしょうか。
「なぜ、これほど長い間、同じ問題が解決されずに続いているのか?」
実は、野生動物問題は単純な「害獣退治」や「自然保護」の話ではありません。
その背後には、科学的データの不足、法律や制度の限界、担い手不足、都市と地方の意識のズレ、経済的な壁、さらには倫理観の対立や気候変動といった大きな要因が複雑に絡み合っています。
本記事では、専門家の視点から 「なぜ日本の野生動物問題が解決されないのか」 を徹底的に掘り下げ、同時に一般の読者にも共感と理解が得られるような形でまとめます。
日本の野生動物問題の実態
まずは代表的な事例を確認しておきましょう。
クマ ― 山から人里へ降りてきた巨体
ツキノワグマやヒグマは本来、人を避けて暮らす動物です。ところが近年、人里や学校周辺にまで現れるようになり、人身被害が急増しています。
背景には、ドングリなどの餌不足、耕作放棄地の増加、個体数の回復などがあり、もはや「一時的な現象」ではなく「構造的な変化」といえます。
シカ ― 森を食い尽くす存在へ
ニホンジカは農作物を荒らすだけでなく、森林の樹皮を剥いで立ち枯れを引き起こし、希少植物までも食べ尽くします。農林業被害は年間数百億円規模。
天敵であるオオカミが絶滅し、狩猟者が減少したことが、爆発的な増加の一因です。
イノシシ ― 都市部にも進出する「突進者」
イノシシは農業被害だけでなく、都市部の道路や公園に出没し、人やペットを襲う事例もあります。温暖化で越冬率が上昇し、繁殖力の高さもあって個体数は減る気配がありません。
アライグマ ― ペットから広がった外来種
1970年代にペットとして輸入され、放逐された個体が野生化しました。かわいらしい見た目に反して、農業被害、生態系破壊、感染症リスクなど深刻な問題を引き起こしています。
ハクビシン ― 屋根裏の住人
夜行性で木登りが得意なハクビシンは、都市部の屋根裏や天井裏に住み着き、糞尿や寄生虫のリスクをもたらします。アライグマとの混同や認知度の低さも課題です。
これらの問題は決して「動物が悪い」から起きているのではありません。
むしろ、人間社会の変化が、動物たちを人里へと追いやり、衝突を生み出しているのです。

解決を阻害してきた7つの要因
では、なぜ長年にわたり問題は解決されないのでしょうか。専門家の立場から整理すると、以下の7つの阻害要因が浮かび上がります。
1. 科学的データ不足
多くの地域で正確な個体数調査や行動モニタリングが不足。
「実際に増えているのか?」「どの地域に集中しているのか?」という基本情報が曖昧なまま、駆除や保護が議論されてきた。
その結果、場当たり的な対策が繰り返され、長期的な効果が得られない。
2. 法制度の縦割りと現場との乖離
環境省、農林水産省、自治体がそれぞれ異なる立場から動物を管理。
法制度は存在しても、縦割り行政のため連携が不十分。
現場の農家や住民の声が政策に反映されにくく、「机上の空論」になりがち。
3. 狩猟者の減少と担い手不足
狩猟免許保持者は1970年代の約半分。平均年齢は60歳を超える。
捕獲後の処理やジビエ利用に関わる人材も不足。
実際に現場で対応できる人がいないため、問題が放置されやすい。
4. 都市と地方の認識ギャップ
都市住民:「野生動物は守るべき」
農山村住民:「生活や農業を壊す存在」
意識の差が大きく、社会的合意形成が難しい。
5. 経済性の壁
防護柵や監視システムの設置・維持には高コスト。
補助金はあっても地域の負担が大きく、長続きしない。
ジビエ利用も処理施設や流通コストが高く、持続可能なビジネスになりにくい。
6. 倫理観の対立
「駆除は必要」という立場と、「命を大切にすべき」という立場が対立。
メディアが「恐怖」を煽る報道を繰り返し、冷静な議論を阻害。
7. 気候変動と環境変化
温暖化により動物の生息域が拡大。
ドングリの凶作や森林の荒廃など、自然要因が人里への出没を後押し。
人間だけではコントロールできない外部要因が問題を複雑化。
メディアと世論が生んだ「二元論」
野生動物問題は、メディア報道によって「駆除か保護か」という二者択一の構図に押し込められてきました。
「危険だから駆除せよ」という声
「かわいそうだから守れ」という声
しかし、この二元論はどちらも現実を解決に導きません。必要なのは、科学的知見に基づき、動物と人間がどう共存できるかを考える中間的な視点です。

今後必要なアプローチ
科学的管理
・個体数・分布・行動の正確な調査
・AIやドローンを活用したモニタリング地域社会の役割
・自治体と住民の協働
・農業者・狩猟者・研究者のネットワーク形成制度と法整備
・縦割りの解消
・外来種法や鳥獣保護管理法の運用改善教育と啓発
・安易な餌付けやペット放逐を防ぐ
・学校教育で「共生」を学ぶ資源化・ビジネス化
・ジビエ利用の拡大
・観光や環境教育への活用
結論:解決のカギは「人間社会の変革」
野生動物問題は「動物の問題」ではなく、むしろ「人間社会の問題」です。
科学的知見の不足、制度の遅れ、担い手の減少、倫理観の対立、経済性の壁――。
この複雑な要因を乗り越えない限り、問題は繰り返され続けます。
「人間が自然とどう関わるか」
それを問い直すことこそが、野生動物問題解決の出発点です。
そして、この問いかけは――
私たちの未来の暮らし方そのものを映し出す鏡でもあるのです。