
序章:社会問題化する「野生動物との共生」
近年、日本各地で野生動物による被害が相次ぎ、大きな社会問題として注目されています。山間部だけでなく、都市近郊や住宅地にまで野生動物が現れ、農作物の被害や人身事故が増えているのです。
その背景には、森林環境の変化、過疎化や高齢化による人里の衰退、そして地球温暖化による生態系の変化など、人間社会そのものが引き起こしてきた要因が複雑に絡み合っています。
本記事では、特に問題となっている クマ・アライグマ・ハクビシン・シカ・イノシシ に焦点を当て、それぞれの現状と課題、そして私たちが今後どのように向き合っていくべきかを考えていきます。
クマ問題 ― 山から里へ降りてくる巨体
ツキノワグマやヒグマによる人身事故の報道は年々増加しています。2023年には全国で過去最多となる人身被害が確認され、ニュースでも大きく取り上げられました。
被害の実態
農作物を食い荒らす(トウモロコシ、果樹、ハチミツなど)
集落や学校付近に出没し、住民が避難するケースも
登山や山菜採り中の人が襲われる事故
なぜクマは里に降りてくるのか
餌不足:ドングリなど木の実の凶作が起こると、人里へ食べ物を探しに来る。
耕作放棄地:過疎化で人の手が入らない土地が増え、クマが隠れやすくなった。
個体数回復:保護施策によりクマの数自体が回復してきたことも要因。
課題
クマ問題では「駆除か保護か」で地域社会が分断されがちです。人命を守るための駆除は避けられませんが、同時に科学的な調査やAIカメラによる出没予測、里と山を区切る「緩衝帯」の整備など、多角的な対策が求められています。
アライグマ問題 ― ペットから広がった外来種の脅威
アライグマは1970年代にアニメの影響でペットとして大量に輸入されましたが、飼育の難しさから多くが遺棄され、野生化しました。現在では全国で定着し、日本の生態系や人間生活に深刻な影響を与えています。
被害の実態
果樹園やスイートコーンを荒らす農業被害
鳥やカエルを捕食し、生態系を破壊
屋根裏に住み着き、糞尿や騒音で住宅被害
狂犬病やアライグマ回虫など感染症のリスク
課題
アライグマは「特定外来生物」に指定され、捕獲・駆除が進められています。しかし繁殖力が高く、根絶はほぼ不可能とされています。市民の認識も重要で、かわいい見た目にだまされて餌付けしたり、飼育したりする行為は厳禁です。

ハクビシン問題 ― 身近すぎる夜の侵入者
ハクビシンは夜行性で、木登りが得意な中型哺乳類です。都市部や農村の屋根裏に住み着き、人間生活に密着した被害をもたらします。
被害の実態
屋根裏に侵入し、糞尿や騒音を発生
果実や野菜を食い荒らす農業被害
寄生虫や衛生リスク
社会的特徴
アライグマと似ているため混同されやすく、市民の認知度は低めです。また、個体数調査が十分でなく、自治体ごとに対応がバラつくという課題があります。
シカ問題 ― 森と田畑を食い尽くす増えすぎた群れ
日本のニホンジカは急速に個体数を増やし、農作物や森林生態系に深刻な影響を与えています。
被害の実態
水田や畑を荒らし、農業被害は年間数百億円規模
樹皮を食べることで森林が衰退、土砂崩れリスク増大
高山植物や希少植物が食べ尽くされ、生物多様性の危機
背景
天敵であるオオカミの絶滅
狩猟人口の減少と高齢化
温暖化により生息域が拡大
課題
駆除の担い手不足が深刻で、ジビエ利用が推進されていますが、需要と供給のバランスはまだ不十分です。森林再生と農業保護を両立させる仕組みづくりが急務です。
イノシシ問題 ― 人里に迫る「突進者」
イノシシもまた日本各地で問題となっています。
被害の実態
サツマイモや稲などの農作物を荒らす
集落に侵入し、人やペットを襲うケースも
交通事故や人身事故の原因にも
背景
温暖化で冬眠せずに活動する個体が増え、個体数が増加
耕作放棄地が「餌場」となり、人里に近づきやすくなった
課題
都市部では発砲が難しく、捕獲が制限されます。住民自身がごみ管理や防護柵設置など、日常的に対策を取る必要があります。

共通する背景 ― 人間活動と環境変化
これらの問題に共通するのは、野生動物の習性そのものではなく、人間社会の変化が引き金となっている点です。
森林の人工林化や放置によるエサ不足
過疎化や高齢化で耕作放棄地が拡大
都市開発による生息地の縮小
気候変動による生息域の変化
つまり、野生動物が「人間の生活圏に侵入している」のではなく、むしろ「人間が動物たちの環境を変えてしまった」結果ともいえるのです。
感染症と公衆衛生リスク
野生動物問題は人間の生活被害にとどまりません。公衆衛生上のリスクも無視できません。
クマ:ダニ媒介性感染症
アライグマ:狂犬病、アライグマ回虫
ハクビシン:SARSの媒介疑惑
シカ・イノシシ:豚熱(CSF)や豚コレラの拡大要因
動物と人間の境界が崩れるほど、感染症リスクは高まります。これは「ワンヘルス(人・動物・環境の健康は一体)」という国際的な考え方と直結しています。
解決に向けたアプローチ
科学的管理
・個体数調査やモニタリングの徹底
・捕獲、避妊、移動などの複合的対策地域社会の役割
・住民によるごみ管理、農作物防除
・自治体と農家の連携強化制度と法整備
・鳥獣保護管理法、外来生物法の運用改善
・「駆除か保護か」だけでなく「共生」の視点を盛り込む教育と啓発
・餌付けや放逐をしないという市民教育
・学校教育で自然との共生を学ぶ機会を増やす資源化・ビジネス化
・ジビエ利用、観光資源化
・「被害動物」を「地域資源」へ転換する発想

結論:人と野生動物の未来の関係
日本の野生動物問題は、クマやアライグマ、ハクビシン、シカ、イノシシといった動物たちが「悪い」から起きているわけではありません。むしろ私たち人間が環境を変えた結果として、彼らと衝突する状況を生み出しているのです。
駆除一辺倒でも、完全な保護一辺倒でも解決はしません。必要なのは、科学的データに基づき、地域住民が主体となり、動物福祉と人間生活のバランスを取る知恵です。
人と動物がともに生きる未来を築けるかどうかは、私たち自身の選択にかかっています。