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動物園の“見せる義務”と“守る責任”の間で揺れる現場|気候変動が迫る展示再考のタイミング

動物園の“見せる義務”と“守る責任”の間で揺れる現場|気候変動が迫る展示再考のタイミング

気候変動による異常気象が続くなか、動物園の現場では「動物を見せるべきか」「守るために隠すべきか」というジレンマに直面しています。動物の福祉を守りながら、来園者に価値ある体験を提供するには──その答えを現場の声とともに探ります。

はじめに:気候変動がもたらす“展示の葛藤”

近年、猛暑日や異常気象が常態化し、日本全国の動物園はかつてない難題に直面しています。特に、屋外展示を基本とする施設では、気温上昇により展示の継続そのものが困難になりつつあります。

動物園の役割は、動物を「見せる」ことで人々に感動や学びを与えること、そして同時に動物の「命を守る」こと。その両立が困難になる場面が、今まさに各地で起きているのです。

例えば、外気温が35℃を超える日には、暑さに弱い動物たちが日陰から一歩も出ず、展示スペースの奥でじっと動かなくなります。来園者からは「何も見えなかった」「もっと近くで見たかった」といった声が上がる一方で、飼育スタッフは「無理に出すことはできない」と、展示を最優先にはできない苦悩を抱えています。

このような状況は、気温の上昇だけではなく、動物園という施設の在り方そのものを問い直すきっかけにもなっています。「本当に動物を“見せる”ことが正しいのか?」「展示の形を変える必要があるのではないか?」──動物福祉と展示価値のバランスを見つめ直す動きが、いま全国の現場で静かに始まっているのです。

また、近年ではSNSでの情報発信が活発になるなか、「動物が苦しんでいるのでは?」といった来園者の声が可視化されやすくなり、施設側も従来の展示方針を見直す圧力を受けています。

かつては「動物園=動物を見せる場所」という考え方が主流でした。しかし今は、「動物園=命と向き合う場所」へと価値観が変わりつつあります。

気候変動という不可逆な環境変化のなかで、動物園は何を見せ、何を守るべきなのか──。

このシリーズでは、現場の葛藤を紐解きながら、“これからの展示”に必要な視点と、変化に向き合う覚悟について深掘りしていきます。


見せることの意義:教育・啓発のための展示とは

動物園が果たしてきた最大の社会的役割のひとつは、「動物を見せる」ことによる教育的・啓発的な貢献です。子どもたちが初めて“生きた動物”と出会い、命の重みや多様性、生態系のつながりを体感できる場。それが動物園であり、教科書や映像では得られない“リアルな学び”の場でもあります。

この「見ることの価値」は、教育機関や研究者の間でも高く評価されており、自然科学への関心を育てる第一歩として動物園が果たす役割は極めて大きいとされています。また、大人にとっても、日常では接することのない命と向き合う時間は、自然とのつながりや命の尊さを再認識するきっかけとなります。

さらに、近年ではSDGsや動物福祉、環境問題に対する意識が高まっている中で、動物園は“生きた教材”としての意味をより強く帯びるようになっています。「絶滅危惧種の保全」「種の保存」「野生復帰の支援」など、単なる娯楽施設にとどまらず、未来の地球環境と生物多様性を支える教育拠点としての役割が広がっているのです。

しかし、この「見せることの意義」が揺らぎ始めたのが、気候変動の影響です。動物たちの体調を守るために展示を中止せざるを得ない状況が増える中、来園者は本来の教育的体験を得ることができなくなり、施設への不満や失望が高まることもあります。

「見せたい」けれど「見せられない」。この葛藤が、教育機関としての動物園の存在価値に影響を与えつつあります。展示が成立しないのであれば、教育の機能も果たせない。だからといって、無理に展示を続ければ福祉の観点で問題が生じる。

この難題に対し、各施設では“見せ方”の工夫が求められています。例えば、動物が展示場に出ない時間帯でも「なぜ姿を見せないのか」を解説パネルや映像で伝える工夫。動物が休んでいる様子をライブカメラでバックヤードから配信する取り組み。さらには、時間帯を限定して展示する「タイム展示」や、「行動が活発になる涼しい時間帯」に合わせて開園時間を調整する試みも出始めています。

このように、“見せること”の意義を失わないためには、単に姿を見せるだけではなく、「命を守るために見せない判断もある」というメッセージごと来園者に伝える努力が不可欠です。

教育施設としての信頼性と、動物福祉の担保──この2つを同時に成立させる展示モデルが、今後の動物園における「見せることの本当の意味」を支える鍵となるでしょう。


守る責任:行動制限・休息・非公開の必要性

気候変動がもたらす暑さや極端な気象は、動物園にとって「展示の継続可否」を判断する深刻な要素となっています。展示動物が健康を損なうリスクがある場合、その公開を見合わせることは、動物園に課された倫理的責任の一つです。

動物にはそれぞれに適応できる気温や湿度の範囲があり、その範囲を超える環境では本来の行動が発現せず、健康状態も悪化します。極端な暑さのなかで展示を続けることは、動物の生命を脅かすだけでなく、ストレス行動や疾病の誘発にもつながる恐れがあります。

そのため、近年の動物園では「展示優先」から「動物優先」への方針転換が進んでいます。行動制限を設けたり、展示時間を短縮したり、場合によっては完全に非公開とすることで、動物の健康と快適性を第一に守る運営が模索されています。

こうした対策は、単なる施設運営の工夫ではなく、動物福祉の原則に基づくものであり、「見せないこともまた責任ある選択である」という新たな倫理観を社会に示す試金石でもあります。

実際に、展示動物が裏で休んでいる時間にあえて公開を控える園も増えており、その理由を積極的に情報発信することで、来園者の理解と共感を得ようとする取り組みも広がっています。非展示エリアでのバックヤードツアーや、映像解説によって“見えない時間”にも価値を持たせる工夫がその一例です。

また、動物の生理リズムに合わせた展示設計が注目されつつあります。たとえば、日中は高温のため展示を控え、夕方以降に展示を行う「ナイトズー」や、夏季限定で屋内展示に切り替えるなど、動物にとって無理のないスケジュール管理が実施されています。

展示を一時中止することで、経済的なリスクや来園者の不満を招く可能性もあります。しかし、それ以上に重要なのは、命を守るという根幹の使命を全うすること。その姿勢を明確に打ち出すことが、むしろ動物園への信頼性を高める結果につながるといえるでしょう。

「見せない展示」「休ませる展示」は、動物園が動物の権利を尊重している証であり、現代社会が求める福祉的価値観と一致しています。

気候変動が常態化するこれからの時代において、「守る責任」を果たすことは、単に展示方針の一つではなく、動物園が“福祉と信頼”を両立させるための基盤づくりでもあるのです。

 

可視化されるストレス──動物の変化と飼育員の苦悩

気候変動により環境が激変するなかで、動物たちに現れる“変化”は、単に行動パターンの違いにとどまりません。暑さに対応しきれずに食欲をなくす、寝てばかりになる、体重が減少する、皮膚や被毛の状態が悪化する──こうした異変が、徐々にではありますが確実に表面化しています。

ストレスが継続的に加わることで、身体だけでなく精神面にも大きな影響が出ます。とくに本来活発で好奇心旺盛な種が、展示場の隅で動かなくなる、来園者に背を向ける、あるいは常同行動(同じ場所をぐるぐる回る、柵を舐める、同じ動きを繰り返す)を示すようになった場合、それは深刻なストレスのサインである可能性が高いのです。

こうしたストレス症状は、来園者にとっても目に見える形で伝わります。観覧者の中には「元気がないように見える」「狭くてかわいそう」といった感想を持つ人も少なくなく、SNSなどで拡散されるケースも増えています。結果として、施設そのもののイメージ低下にもつながりかねないリスクをはらんでいます。

そして最前線でこれらと向き合っているのが、飼育員たちです。動物の変化を日々観察し、気づき、対応策を考え、時には展示中止を決断しなければならない現場の職員たちは、動物に対する責任と、施設全体の判断の間で板挟みになることが多いのです。

「動物のために展示を休ませたい」「でも経営的にそれが許されないかもしれない」。そんな葛藤の中で飼育員たちは、自らの判断が動物にも施設にも影響を与えることを常に意識しています。実際、飼育員のメンタルヘルスに関する問題も報告されており、“飼育する側のケア”の重要性もまた浮き彫りになってきています。

さらに、展示を休止するにしても、代替の展示物や説明、来園者への丁寧な説明がなければ「怠慢」と受け取られかねず、現場のプレッシャーは計り知れません。

動物福祉と来園者満足、経営判断と現場の声。その間で苦しむスタッフの姿は、動物園が直面している「目に見えにくい課題」のひとつです。

今後、動物園が「守る展示」に舵を切るためには、こうした飼育員たちの声を“可視化”し、現場に寄り添うマネジメント体制の構築が必要です。動物の変化を見逃さず、そしてそれに真摯に対応するためには、現場の観察力と判断力を支える制度と社会的理解が欠かせません。

動物たちの異変と、それを支える飼育員の声。そこにこそ、気候変動時代の動物園が直視すべき“リアル”が詰まっています。

 

現場の模索:時間帯別展示、非展示エリアのライブ配信導入

気候変動による暑熱環境の激化に直面しながらも、動物園の現場は「動物福祉」と「来園者満足」の両立を図るため、さまざまな創意工夫を重ねています。その中で注目されているのが、「時間帯別展示」と「非展示時間の可視化」の取り組みです。

従来、動物園は主に日中の開園時間帯に合わせて展示を行ってきました。しかし、猛暑日が増加する近年では、日中の外気温が35℃を超えることも珍しくありません。こうした環境下での展示は動物にとっても観覧者にとっても過酷であり、展示の成立そのものが危ぶまれる状況にあります。

そこで一部の施設では、動物が比較的活発に動く早朝や夕方に展示を集中させる「時間帯別展示(タイム展示)」を導入する動きが広がっています。たとえば、午前8時から10時までの間だけ公開する、日中は非展示とし、夕方17時以降に再開する──といった柔軟なスケジュール運用が試みられています。

この取り組みには、動物への負担を軽減しつつ、観覧者にも「動物らしい行動」が見られるタイミングを提供できるというメリットがあります。また、時間帯によって動物の行動や表情が変わることを“学び”として伝えることもでき、教育的効果も期待されています。

さらに、展示が難しい時間帯や季節においても、来園者が“何も見られない”という不満を抱かないよう、非展示エリアの「ライブ配信」や「録画映像の上映」を導入する施設も増えています。

たとえば、バックヤードの休息スペースに設置されたカメラが、モニターやスマートフォンアプリを通じて映像を提供し、「今この動物はこうやって過ごしています」というリアルタイムの情報を来園者に伝える工夫です。これにより、動物が見えない時間にも「見せる工夫」が生まれ、展示の連続性と信頼性を維持することができます。

また、動物園のSNSや公式ウェブサイトと連携し、一定時間ごとに「現在の展示状況」や「展示再開の目安」を発信する試みも注目されています。これは、暑さによる展示中止を「情報の透明性」でカバーし、来園者との信頼関係を損なわないようにする重要な対応です。

展示時間の柔軟な設計と情報の可視化は、動物園が“変化に対応している”という姿勢を社会に発信するうえでも極めて有効です。「暑さのために見られません」という一言で終わらせず、「その時間はどんな環境で休んでいるか」「なぜ無理に出さないのか」といった背景を丁寧に説明することが、来園者の理解と共感につながります。

さらに今後は、AIカメラや行動分析センサーといったテクノロジーの導入により、動物の状態を自動で判断し、最適な展示時間を割り出す仕組みも期待されています。これは、動物の福祉を守りながら、効率的に展示価値を最大化する「スマート動物園」への一歩とも言えるでしょう。

動物園は今、「見せること」をめぐる再定義の真っただ中にあります。展示を成立させるために時間を選ぶ、展示できない時間にも価値を提供する──それらの取り組みは、気候変動という時代の荒波に対して、現場が真摯に向き合っている証です。

そしてそれは、単なる工夫ではなく、「動物にとっても人にとっても優しい展示」を形にする、大きな転換点となるはずです。

 

これからの展示は“共存”へ──柔軟な展示モデルの必要性

ここまで見てきたように、猛暑や異常気象が常態化する現在、動物園の展示は従来の枠組みでは立ち行かなくなりつつあります。動物を「見せる」ことの意義と、「守る」ことの責任。そのどちらも軽視できない中で、求められているのは対立ではなく“共存”の発想です。

かつての動物園は、動物の姿を見せることそのものに価値がありました。しかし今、重要なのは「どのように見せるか」「なぜ見せないのか」を含めた、展示そのものの“意味”を伝えることです。

この変化に対応するためには、展示の方法や設計そのものを柔軟に再構築する必要があります。動物の生活リズムや体調、気温や湿度といった外部環境、さらには来園者の安全や満足度といった複数の要素を総合的に判断し、その時々に応じた“最適な展示形態”を選べるシステムが不可欠です。

たとえば、季節ごとの展示動物の入れ替え、暑さに強い種へのシフト、行動が活発な時間帯に合わせたスケジューリング、屋内展示と屋外展示の併用など、ひとつの答えに固執しない設計が必要です。さらには、映像展示やインタラクティブなデジタル展示との組み合わせによって、物理的に動物が見えない場面でも来園者の知的好奇心を刺激するような体験が可能になります。

こうした柔軟な展示モデルを実現するには、技術と創意だけではなく、施設全体の方針転換やスタッフ間の意思統一も不可欠です。飼育員、獣医師、教育担当者、広報担当者、経営層──それぞれの視点が交差しながら、動物にも人にも優しい「展示の在り方」を組み立てていく必要があります。

また、来園者側の“期待”の更新も重要です。今後は、「全ての動物がいつでも見られること」が当然であるという認識から、「動物の健康と福祉を優先した結果、見られない時間があるのは自然なこと」と考える価値観への転換が求められます。

これは動物園にとって大きな挑戦であると同時に、大きなチャンスでもあります。なぜなら、こうしたメッセージを丁寧に発信し、展示の背景にあるストーリーや配慮を共有することで、より深い共感や信頼を築くことができるからです。

“共存”という言葉は抽象的に聞こえるかもしれません。しかし、それは単なる理想ではなく、気候危機がもたらす現実に立脚した、極めて現実的な指針です。動物園は今、「見せること」だけに価値を置くのではなく、「見せることの意味」と「見せない選択の価値」を伝えられる場所へと進化していくべき時に来ています。

柔軟性と倫理性、科学的根拠と創意工夫、そして何より「命に寄り添うまなざし」──それらをもって、気候変動時代にふさわしい動物展示の新しいスタンダードをつくること。それこそが、これからの動物園に求められる展示モデルの核心なのです。

まとめ・結論:動物と人と気候が共に生きるために

本記事では、動物園が抱える「見せる義務」と「守る責任」という2つの視点から、気候変動がもたらす展示の転換期について掘り下げてきました。

かつて動物園は、動物を“見せる”ことで人々に自然への関心や命の尊さを伝えてきました。しかし今、猛暑や異常気象が常態化する中で、その「見せる」という行為が動物にとって命を脅かす要因になり得る現実があります。

こうした中で、動物園は単に“見せるか・隠すか”という二元論ではなく、動物の命と来園者の体験の両方を大切にする「共存の展示」へと舵を切る必要があります。

時間帯別展示、非展示時のライブ配信、休息の可視化、柔軟な展示スケジュールの導入──現場ではすでに数々の試行錯誤が始まっており、それらの工夫はやがて新たなスタンダードを形づくっていくでしょう。

そして今、最も問われているのは「見せ方」ではなく、「見せる意味」です。

動物を見せることが、動物の命とどうつながっているのか。展示を控えることが、動物園の理念とどう結びついているのか──その背景を丁寧に伝え、共感を生み出すことが、動物園の社会的信頼と教育的役割の深化につながります。

来園者もまた「ただ見に行く」のではなく、「命と向き合う場に参加する」意識へと変わっていくことが求められています。その変化を促すために、動物園は情報発信や展示設計のあり方を進化させていかなければなりません。

気候変動の時代において、動物園が目指すべき姿は、過去の延長線上にあるものではありません。それは“命と命がすれ違う場所”から、“命と命が響き合う場所”へと進化すること。

動物を守るために見せないこと。命のためにあえて距離を置くこと。それもまた、深い意味を持った展示の形である──そんな新しい価値観を社会全体で共有していくことが、今後の動物園にとって最大の使命であり、希望なのです。