
母親のぬくもりを知らずに生まれた命は、どんな未来を生きるのか…
初乳を飲めなかった動物たちの健康リスクと、支えるために私たちにできること。
命のスタートラインを奪われた子たちへ
─初乳を飲めなかった動物が抱える、生涯にわたるリスクと課題─
「初乳(しょにゅう)」──それは、動物にとって生きるための“最初の命綱”。
生まれて間もない命が母親から口にする、たった一滴の乳に含まれているのは、
病気から身体を守る抗体、腸の発達を助ける酵素、成長を導くホルモン…命を守り、育てるすべてです。
この初乳を無事に飲めるかどうかは、
その後の一生を左右するほど、決定的に重要なことなのです。
しかし、現実にはこの初乳を一滴も飲めないまま、
この世界での第一歩を踏み出す動物たちも存在します。
◆ なぜ初乳を飲めなかったのか?主な理由と背景
1. 育児放棄や初産時の混乱
出産直後、母親が子どもを認識しない、授乳を拒否する、咥えて放り投げてしまう──
こうした行動は、初産の個体や、ストレス下での出産時によく見られます。
本能的な母性が十分に働かず、授乳のタイミングを逸することで、初乳を受け取れなくなるケースです。
2. 子喰い(育児カニバリズム)
タヌキやイタチなどの一部哺乳類では、出産後すぐに母親が子どもを食べてしまう行動が報告されています。
これは異常な行動というよりも、育児に必要な安定環境が整っていないことへの“生存本能”の表れです。
弱った子どもや母子の絆が形成されていない個体が犠牲になることが多く、初乳を飲むことすら叶わぬまま命を落とす例もあります。
3. 出産異常・未熟児としての誕生
未熟児や仮死状態で生まれた個体は、吸乳反射が弱く、他の兄弟に押し負けてしまうことがあります。
また、蘇生処置などの介入で授乳が遅れた場合、生後24時間以内という初乳の「有効期間」を逃してしまうことがあります。
4. 人為的な早期介入・放棄
人間が善意で早期保護を行った結果、母獣の母乳分泌が止まり、仔が母乳を受け取れないケースもあります。
さらに近年では、「もう飼えない」「世話ができない」といった理由で、生後数日の乳飲み子が遺棄される例も後を絶ちません。
まだ目も開かず、体温調節もできない命が、
箱や袋に入れられ、母親のぬくもりも、初乳の免疫も得られぬまま捨てられる──
その瞬間に“生きるために必要だったもの”は、永久に失われてしまうのです。

◆ 初乳を飲めなかったことによる主な影響と症状
1. 【免疫不全と感染症への高リスク】
初乳に含まれる抗体(特にIgG)は、免疫機構が未発達な新生児を外敵から守る“盾”です。
これが欠如すると、生後数時間〜数日で命に関わる感染症を引き起こすリスクが跳ね上がります。
主な症状:
高頻度の下痢・嘔吐
呼吸器症状(咳・くしゃみ・肺炎)
発熱や低体温など体温の不安定
食欲不振・脱水
小さな傷口からの重度感染
2. 【消化器系の未成熟・栄養吸収不全】
初乳には腸内細菌の安定や酵素の供給、腸壁の発達を助ける成分が含まれています。
これを摂取できなかった場合、腸がうまく発達せず、栄養が吸収できない状態に陥ります。
主な症状:
慢性的な軟便や粘液便
お腹の張りやガスの溜まり
食べているのに体重が増えない
フンの色や匂いが安定しない
3. 【皮膚・被毛のトラブル(成長性皮膚疾患)】
免疫力の低下と栄養のアンバランスは、皮膚にも影響を及ぼします。
皮膚バリアが弱くなり、外的刺激や真菌感染に非常に弱くなります。
主な症状:
背中・尾の脱毛や薄毛
フケ・皮膚の乾燥・カサブタ形成
被毛のパサつき、毛並みの悪化
湿疹やかゆみ、皮膚炎の慢性化
4. 【発育不良と骨格形成異常】
初乳がもたらすホルモンやミネラルが不足すると、骨や筋肉の発達にも影響が出ます。
適切な補助がないまま育った場合、骨や関節に不可逆な変形が生じることもあります。
主な症状:
年齢に対して体格が小さい
四肢や背骨の湾曲、関節の変形
歩き方の異常(跛行)
歯の生え方の異常や噛み合わせ不良
5. 【情緒不安定・社会性の欠如】
授乳とともに行われる母子接触(グルーミング・音・ぬくもり)は、
安心感を生む「情緒の栄養」でもあります。
この段階を経ていない個体は、精神的に非常に不安定になりやすくなります。
主な症状:
分離不安(飼育者から離れると強く鳴く・暴れる)
極端な依存行動や甘え行動
自傷行動(尾を噛む、体を舐めすぎる)
攻撃性・怯え・過剰な防衛反応

◆ あとがきにかえて… 命のはじまりに足りなかったものと、これから探すもの
私たちのもとには、
それぞれ異なる状況で母親に育児を放棄され、
初乳を一滴も飲めないまま命をつないだ4匹のタヌキたちがいます。
それぞれが、それぞれの理由で、
“命の出発点”を奪われるような形でこの世界に生まれてきました。
彼らはみな、
免疫の不安定さ、未熟な消化機能、繰り返す皮膚のトラブル、
骨格の歪みや発育の偏り、そして情緒の揺らぎ…
「初乳を飲めなかったことによる影響」を、
まるでひとつひとつ体現するように抱えて生きてきました。
私たちは、医療的な支援と環境づくりの中で、
何が必要で、何が足りていないのかを見つける毎日を重ね、
“本来なら母親が担うはずだった役目”を、試行錯誤しながら埋めていこうとしています。
それでも、完璧な答えなどありません。
彼らの一歩一歩に私たちが学ばせてもらいながら、
ただ、今ある命を「これから」に向けて育て続けるだけです。
初乳は、生きる力そのもの。
それは、4つの小さな背中が、日々教えてくれた事実でした。
この記事が、今まさに似たような状況にある誰かの手に届き、
迷いの中にある誰かのヒントとなり、
「理解し、支える」という選択肢を届けられたなら…
この子たちが生きた証は、きっとまた、
別の命を育む“バトン”になると信じています。