
きのこが減るとクワガタも危機?──原木しいたけ栽培減少が昆虫飼育市場に波及する理由
原木しいたけ栽培の減少と昆虫飼育市場への影響:供給不足・価格高騰・品質劣化の実態
【1】全国で進む原木しいたけ栽培の減少率と背景
林野庁や農林水産省の統計によると、2023年の原木しいたけ用原木の供給量は前年比8.6%減、生産量は6.5%減となっており、過去10年間で生産者数は30%以上も減少しています。
このままのペースで推移すれば、20年以内に国内の商業的な原木しいたけ栽培がほぼ消滅する可能性が高く、業界全体が危機的状況に直面しています。
【2】原木しいたけ栽培が減少している主な理由
生産者の高齢化と後継者不足:農業人口の減少と若手担い手不足が深刻。
原木供給の不安定化:クヌギ・コナラなどの広葉樹の伐採制限や森林管理の衰退により、安定供給が困難に。
異常気象の影響:高温、豪雨、暖冬といった気候の不安定化が椎茸の発生に悪影響。
菌床栽培への移行と収益性の低下:手間がかかるうえに単価も安いため、収益が見合わず撤退が相次ぐ。
【3】異常気象が原木しいたけ栽培に及ぼす甚大な被害
原木しいたけは自然環境に強く依存するため、異常気象の影響を直接受けます。
猛暑:30℃を超える日数が続くと発生停止や品質劣化が顕著。
集中豪雨・高湿度:病原菌の繁殖が活発化し、ほだ木が腐敗。
暖冬:休眠が不十分になり、翌春の発生が遅れたり不発になる。
これらの気候リスクは単年の不作にとどまらず、ほだ木の寿命や今後の栽培計画にも大きく影響を与え、持続可能な栽培基盤を揺るがす重大要因となっています。

【4】昆虫飼育市場への深刻な波及影響
原木しいたけ栽培で使われた廃ホダ木は、クワガタムシの産卵材として高い需要があります。朽ち具合がちょうど良く、産卵率の高い良質な材として重宝されていますが、その流通に陰りが見えています。
供給不足:廃ホダ木の絶対数が足りず、市場は慢性的な在庫難。
価格の高騰:需要と供給のバランスが崩れ、産卵木1本あたりの価格が従来の2〜3倍に。
品質の劣化と粗悪品の流入:
価格高騰に便乗し、使用年数の浅いホダ木が流通。
椎茸菌の浸透が不十分で、木材が硬く産卵に適さない。
虫害やカビ、乾燥劣化が見られるケースも増加。
その結果、ブリーダーや昆虫愛好家はコストの上昇だけでなく、産卵成功率の低下や幼虫の死亡率増加といった深刻な問題に直面しており、昆虫飼育文化の持続可能性にも影響を与えています。
【5】今後の展望と持続可能な資源活用に向けて
原木しいたけ栽培の減少は、単なるきのこ栽培の問題ではなく、生態系の循環や自然教育、昆虫飼育文化など多方面に悪影響を及ぼし始めています。
今後は次のような対策が急務です:
地域資源としての廃ホダ木の計画的活用
人工産卵木などの代替材の開発と普及
しいたけ農家と飼育業界の連携による協業体制の構築
環境と共生しながら次世代に伝える昆虫飼育文化を守るためにも、原木しいたけ栽培の保全と再興に社会全体で取り組む必要があります。

私は“元虫屋”ではありますが、昆虫にすべてを捧げてきたわけではありません。ただ、それでも「 昆虫業界なくしてサイエンスファクトリーはなかった 」と言えるほど、深く関わり、育ててもらったという実感があります。
現在は、動物プロダクション業を主軸としながらも、昆虫プロダクションの肩書きも併せ持ち、映像やイベント、展示などで幅広い生きものたちと日々向き合っています。クワガタやカブトの飼育は今では趣味の範囲に留まっていますが、撮影用途ではさまざまな昆虫を扱っており、数年前からはご縁あって産卵木やマットといった飼育用品の販売も細々と再開させていただいています。
そんな中で、かつては当たり前のように手に入っていた「ホダ木」が、今や安定して供給されず、品質もまちまちだという現状を知り、驚きと共に強い危機感を抱きました。クワガタ飼育において、ホダ木は単なる“資材”ではなく、命のサイクルを支える基盤そのものです。
この文章を通して、ホダ木不足の背景にある原木しいたけ栽培の減少、そしてその影響が及ぶ範囲の広さを少しでも知っていただけたら幸いです。
昆虫を育てることは、自然とつながる入り口であり、未来へ命を手渡す営みでもあります。その循環が失われぬよう、私もまた、できる形で関わり続けていきたいと思っています。