
動物も人も“その場にとどまれない”——。
進行する気候変動の中、屋外展示型動物園に突きつけられる限界。
福祉・安全・経営、そのすべてを守るための次なる一手とは。
猛暑期に問われる屋外展示の限界と未来戦略|動物園の気候変動対策と持続可能な運営へ
はじめに:猛暑が動物園に与える深刻な影響とは?
日本全国で猛暑日が常態化する中、屋外展示を中心とした動物園は今、かつてない課題に直面しています。動物の命を守ること、来園者の安全を確保すること、そして施設運営を持続可能に保つこと──この三者のバランスが崩れつつあるのです。
本記事では、猛暑期における屋外型展示の“限界点”を【動物福祉】【来園者体験】【経営維持】の三方向から分析。さらに、気候変動に対応した「展示の再設計」や「移行戦略」の具体案を提案します。

1. 【動物福祉】の限界点|命を守る環境は本当に整っているか?
■ 熱中症・死亡リスクが拡大
暑さに弱い動物たちは、外気温30℃を超えると深刻な熱ストレスを受けることがあります。高温によって行動が鈍くなったり、食欲不振や繁殖障害など、明らかに生理的な限界に近づいているケースも確認されています。
各動物園では、水をかける、氷を与える、餌を凍らせて与えるなどの対策を行っていますが、こうした方法はあくまで“一時的な対処策”に過ぎず、本来の生態に即した環境とはいえません。
■ 行動展示の形骸化と教育的価値の低下
高温下では動物が日陰で動かなくなり、観覧者が見たいと思う行動をほとんど示しません。これにより、行動展示の本質が失われ、教育的・啓発的価値も大きく損なわれます。
場合によっては、動物を無理に動かすための演出が行われることもあり、それがかえって動物福祉を損ねている可能性もあるのです。
2. 【来園者満足度】の限界点|夏の動物園が“行きたくない場所”に?
■ 暑さによる観覧ストレスと来園者数の減少
外気温35℃、体感温度40℃を超える日が続くと、親子連れや高齢者の来園は激減します。夏休みや大型連休といった書き入れ時に、集客が見込めない状況が続けば、動物園の経営にも大きな打撃となります。
■ 施設構造の限界と安全性の問題
冷房設備が限定的な屋外型施設では、長時間の観覧は困難です。熱中症リスクが高まる中で、来園者の安全確保が難しくなり、営業停止や展示中止に追い込まれるケースも出てきています。
3. 【経営・運営】の限界点|持続可能な運営を脅かす暑さ
■ 対策コストの増大と収益の不均衡
猛暑によって、ミストファン・冷風機・遮光設備などの暑さ対策が不可欠となります。一方で、来園者が減少すれば収入は落ち込み、設備投資とのバランスが崩れてしまいます。
■ スタッフの安全と労働負担の増大
炎天下で働く飼育員やスタッフの安全も深刻な課題です。人員不足やシフト制の調整が難航する中、熱中症対策や休憩時間の確保といった配慮が必要であり、運営コストはさらに上昇します。

屋外展示の「限界温度」目安|気温ごとの影響一覧
気温 | 想定される影響 |
---|---|
30℃超 | 暑さに弱い動物は屋内避難が必要。観覧者も減少傾向。 |
33〜35℃ | 行動展示が困難になり、展示中止の判断が必要。 |
36℃以上 | 動物・人ともに熱中症リスクが高まり、閉園の検討が必要。 |
38〜40℃ | 臨界温度帯。命を守るための緊急対応が求められる。 |
結論|「動物も人もその場にいられない」瞬間が限界点
来園者も動物も、その場所に“とどまれない”状態。それこそが、屋外展示の限界点であり、従来の運営モデルが持続不能になるサインです。
気候変動が進行する今、動物園は新しい形へと転換する必要があります。

気候変動時代の「移行戦略」と「展示再設計」
種に応じた季節展示・交代制の導入
暑さに弱い種は夏季非公開、または映像展示へ移行
夏季は暑さに強い種を主役としたプログラムに転換
屋内外併用のハイブリッド型展示施設
観覧エリアの屋根設置、ミストシャワー、空調展示室の整備
バックヤードや非展示時間の様子をライブ配信で紹介
ICT活用によるデジタル展示・バーチャル体験
展示休止中の動物を映像で紹介、SNSで拡散
オンライン観察、動物目線カメラ、ナイトズーの配信などで来園価値を向上
涼しさを演出する施設構造と動線の見直し
森林や水辺を活かした導線設計、地下空間やドーム構造の採用
自然エネルギーによる冷却技術(地下水冷房・ソーラーシステム)の導入
おわりに|未来の動物園に求められる“変化”とは
動物園は、動物の命・来園者の体験価値・そして運営の持続可能性が重なりあう「命の交差点」です。その交差点を守るには、過去の成功体験に固執せず、未来に向けた柔軟な変化が求められます。
これからの動物園に必要なのは「頑張る」ことではなく、「変わる」こと。動物たちの暮らしと命に寄り添う、“気候対応型の動物園”への進化が、今こそ本格的に求められています。
