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「何もしない」という選択は、なぜ誤解されるのか― 動物福祉で“治療しない判断”が叩かれてしまう理由

「何もしない」という選択は、なぜ誤解されるのか― 動物福祉で“治療しない判断”が叩かれてしまう理由

何もしないのではない。
考え抜いた末に「やらない」と決めているだけだ。
動物福祉や野生動物医療の現場で、なぜ“治療しない判断”は誤解されるのか。
その背景にある、人の感情と判断のズレを静かに解きほぐす。

「何もしない」という選択は、なぜ誤解されるのか

― 動物福祉で“治療しない判断”が叩かれてしまう理由


はじめに|この記事の立場について(重要)

※本記事は、筆者自身が獣医療行為を行っている立場からの記述ではありません。
筆者は獣医師免許を有しておらず、診断・治療・処置などの医療行為は、必ず獣医師によって判断・実施されるべきものです。

本文で扱う内容は、野生動物医療や動物福祉の現場に関わる獣医師・専門家との協働、取材、現場観察を通じて共有されてきた一般的な考え方や議論を、思想的に整理したものです。
個別の症例については、必ず専門の獣医師の判断を仰ぐ必要があります。

本記事は、正解を示すことを目的とするものではありません。
現場で実際に行われている判断の「考え方」を共有し、
読み手自身が考えるための材料を提供することを目的としています。


なぜ「何もしない」という判断は、こんなにも責められるのか

動物福祉や野生動物医療について発信していると、
コメント欄やSNSで、必ず目にする言葉があります。

「なぜ何もしないのか」
「見殺しにしたのではないか」
「できることがあったはずだ」

これらの言葉の多くは、
怒りではなく、善意から生まれています

だからこそ、このテーマは難しい。

「何もしない」という選択は、
無関心でも、放棄でもありません。
多くの場合、考え抜いた末に選ばれた判断です。

それでも、この選択はとても誤解されやすい。
その理由は、判断そのものではなく、
人間側の感じ方の構造にあります。


「何もしない=見捨てる」と感じてしまう人間の心理

行動している人が「正しい人」に見える

私たちは無意識のうちに、

  • 行動している人=良い人

  • 何かをしている人=責任感がある

と結びつけて考えがちです。

医療ドラマや感動的な実話では、
最後まで治療を諦めなかった人が称賛されます。

その刷り込みが、
「何もしない」という選択を
冷たく、無責任なものに見せてしまいます。


目の前の苦しさに、人は抗えない

弱っている動物を前にすると、
人は「今この瞬間」に強く反応します。

  • つらそう

  • 苦しそう

  • 何とかしてあげたい

一方で、

  • 治療後の生活

  • 予後

  • その命がどう生きるか

といった「その後の時間」は、
どうしても想像しにくい。

この時間軸のズレが、
判断への理解を難しくします。


感情と判断を混同してしまう

善意は尊いものです。
しかし、善意は判断基準そのものではありません

感情は行動のきっかけにはなりますが、
正解を保証するものではない。

この線引きが曖昧なとき、
「何もしない」という選択は
理解されにくくなります。

動物福祉・野生動物医療の判断は、どこを見ているのか

現場が見ているのは「今」ではなく「その後」

野生動物医療や動物福祉の現場で重視されるのは、

  • 成功率

  • 処置による苦痛

  • 回復後の生活

  • 野生復帰やQOL(生活の質)

です。

「助かったかどうか」ではなく、
「どう生きるか」が問われています。


なぜ「治療しない」方が福祉的な場合があるのか

治療をすれば、

  • 苦痛が増える

  • 強いストレスがかかる

  • 回復後も自然な生活に戻れない

というケースがあります。

その場合、
治療は救いではなく、
負担になることもある

「治療しない判断」とは、
何もしないことではありません。

害を最小限に抑えるという選択です。


「やらない判断」は、もっとも責任が重い

治療をすれば、
「やった」という事実が残ります。

治療をしなければ、
批判や誤解を引き受けることになる。

それでも「やらない」と決めるのは、
責任から逃げる行為ではありません。

むしろ、
結果を引き受ける覚悟が必要な判断です。


SNS時代が「何もしない判断」を許さなくなった理由

SNSでは、

  • 助けた

  • 治療した

  • 救出した

という分かりやすい物語が、
圧倒的に拡散されます。

一方で、

  • なぜやらなかったのか

  • その判断に至った背景

は、説明が長く、誤解されやすい。

結果として、
沈黙している側が悪者に見えてしまう構造が生まれます。


それでも現場が「説明しきれない」理由

野生動物医療や動物福祉の判断は、
ほぼすべてがケースバイケースです。

一般化すれば誤解を生み、
説明すれば誰かの善意を傷つける。

だからこそ、
現場は簡単に語れなくなります。


「何もしない」という選択を、もう一度考え直す

「何もしない」という判断は、

  • 無関心ではない

  • 諦めでもない

  • 冷酷さでもない

それは、

その命にとって、
これ以上の介入が害になると判断した結果
です。


最後に|優しさは、行動だけで測れない

優しさは、
何かをすることだけで表現されるわけではない。

「何もしない」という選択は、
最も静かで、最も誤解されやすい優しさです。

しかしそれは、
結果を引き受ける覚悟を伴った判断でもあります。


まとめ|「何もしない」は、逃げではない

  • 行動しないことと、考えていないことは違う

  • 治療しないことと、見捨てることは違う

  • 優しさと判断は、同じではない

動物福祉や野生動物医療が私たちに問いかけているのは、
「あなたは、その後の時間まで想像できているか」
という、とても静かな問いです。

正解を急がないこと。
感情だけで決めないこと。

その姿勢そのものが、
動物福祉の一部なのかもしれません。

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