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距離をとる日、寄り添う日──行動の“揺れ”に宿る終末期サインを読む

距離をとる日、寄り添う日──行動の“揺れ”に宿る終末期サインを読む

【第3話】

距離をとる日、そばにいたい日──

行動の揺れに隠された終末期サインをどう読むか

終末期を迎えた動物と向き合うと、
ときに驚くほど“行動が揺れる”場面があります。

昨日は寄り添って眠っていたのに、今日は一人になりたがる。
撫でると落ち着いていたのに、今日は触ると怒る。
離れていたがっていた子が、急に胸元に顔をうずめて眠ることもある。

こうした“揺れ”は、飼い主にとって大きな不安を生みます。

「嫌われたのか?」
「何か悪いことをしたのか?」
「どこが痛いのか、どうしたいのか分からない……」

私はこれまで、多くの動物の最期に寄り添う中で、
こうした相談を繰り返し受けてきました。
その度に、私はまずこうお伝えします。


■ 行動の揺れは、心の揺れではない

終末期の動物の行動は、
人間のような“感情的な揺れ”ではありません。

もっと深く、もっと本能的で、
もっと生理学的な理由に基づいています。

動物行動学では、
「弱った個体は、その日の身体状態に合わせて行動を変え続ける」
という適応戦略が知られています。

つまり──

行動が揺れているのではなく、

その子の“身体の耐えられる刺激の量”が日々変動している。

これは終末期を理解するうえで、非常に重要な視点です。


■ 刺激耐性は“日替わり”で崩れる

終末期の身体は、
常に次の3つのバランスの上で揺れています。

① 痛み

② 呼吸の負荷

③ 自律神経の乱れ(交感神経と副交感神経の綱引き)

この3つは密接に関連し、
どれかひとつが崩れるだけで、
動物は 「触られたい/触られたくない」「そばにいたい/離れたい」 といった
行動を大きく変えます。

たとえば──

● 痛みが強い日

→ 接触刺激(撫でる・持ち上げる)が“痛み”として入力される
→ → 触られたくない/離れたい

● 呼吸が苦しい日

→ 胸郭が動かせず抱っこが負担になる
→ → 一人で落ち着ける姿勢を探す

● 自律神経が不安定な時間帯

→ 不安が増し、「安心のためにそばにいたい」という行動が出る
→ → 急に甘える・離れられなくなる

これらはすべて
「身体を守るための選択」 であり、
あなたを拒絶しているわけではありません。

むしろ逆で、
その子は“今いちばん楽でいられる選択肢”を必死に探しているのです。

■ 「距離をとる」という行動を誤解しないために

終末期に距離をとる行動を見せると、
飼い主は胸が締め付けられるような不安を抱きます。

しかし、動物行動学的に言えば、
距離をとる行動は、安心を得るための“環境調整行動”です。

これは決して“心が離れた”わけではありません。

動物は

  • 暗い場所

  • 低刺激の環境

  • 風の流れが少ない方向

  • 他個体に触れられない角度

こうした条件を組み合わせ、
その日の体調に最も適した“安全地帯”を選びます。

これは本能であり、
生き抜くための洗練された判断です。

そして、あなたの愛情は損なわれていません。

離れていても、その子はあなたの存在を「安心の背景」として感じ続けています。

私は現場で、何度もそれを見てきました。


■ 「急に甘える」「突然寄り添う」日がある理由

逆に、弱った動物が突然甘えることがあります。

頭を押し付けてくる。
呼吸のたびに身体を預けてくる。
眠るとき、あなたの体温を探すように寄ってくる。

これは、

● 身体の不安定さ

● 呼吸の不調

● 痛みの波

● 自律神経の揺れ

● 体温調節の困難

こうした生理学的ストレスが、
“一時的にあなたの存在を必要とするタイミング”として表れる現象です。

動物行動学では
“Social Buffering(社会的な緩衝作用)” と呼ばれています。

弱った身体にとって、
信頼できる存在がそばにいるだけで、
ストレス値が下がり、呼吸が落ち着き、痛みの閾値が上がることもあります。

あなたに寄り添う行動は、
その子が「あなたを必要としている」という
とても率直で、とても美しいサインなのです。


■ 行動の揺れこそ「その子が今何を必要としているか」の地図になる

終末期ケアでは、
分析の対象になるのは「行動」ではなく「背景」です。

行動そのものが問題なのではなく、
その行動が示している
身体内の変化 が重要なのです。

例えば──

✔ 離れたがる → 刺激過敏/痛みの増大

✔ 寄り添う → 不安の高まり/呼吸困難

✔ 触られたくない →体性感覚過敏/筋緊張

✔ 撫でてほしい → 自律神経の揺れを整えたい

✔ 場所を変え続ける → 姿勢の安定が取れない

行動学的解釈を使うことで、
飼い主は“何をしてあげるべきか”ではなく、
“何をしないほうがいいのか” が見えてきます。

終末期ケアは、
動物の立場から見れば

“この身体でどうすれば楽に生きられるか”

という絶え間ない試行錯誤の時間です。

その試行錯誤を邪魔しないこと、
その選択を尊重することが、
もっとも穏やかな答えになります。


■ 行動が揺れる子に対して、飼い主ができること

私は現場で、飼い主さんにいつもこう伝えます。

「正解はなくていい。

その日、その子が選ぶ距離に合わせてあげてください。」

そのためにできることは、ほんの少しです。

  • 抱きしめたい日こそ、無理に抱かない

  • 離れたがる日は、追わない

  • 寄り添いたがる日は、静かに手を置くだけ

  • 触られたがらない日は、そっと見守る

  • 場所を変えるなら、その都度環境を整える

これらは小さな行為に見えて、
終末期ケアの中では最も大きな意味を持ちます。

飼い主にできることは、
完璧な判断ではなく、
「その子の揺れに合わせられる柔らかさ」です。