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人の善意が、時に命を苦しめる構造|野生動物医療と「助けたい気持ち」の落とし穴

人の善意が、時に命を苦しめる構造|野生動物医療と「助けたい気持ち」の落とし穴

善意は、いつも正しいとは限らない。
命を思う気持ちが、結果としてその命を苦しめてしまうことがある。
野生動物医療の現場から見えてくるのは、
「助けたい」という感情と、「助けるべきか」という判断のあいだにある、
静かで見えにくい構造の問題だ。

はじめに|この記事の立場について(重要)

※本記事は、筆者自身が獣医療行為を行っている立場からの記述ではありません。
筆者は獣医師免許を有しておらず、診断・治療・処置などの医療行為は、必ず獣医師によって判断・実施されるべきものです。

本記事は、
野生動物医療・保護の現場で共有されてきた考え方や議論を、
動物福祉と倫理の視点から整理した思想的な読み物です。

「助けたい」という気持ちは、どこから生まれるのか

弱っている動物を見ると、
多くの人は自然にこう思います。

  • かわいそう

  • 何とかしてあげたい

  • 見捨てるなんてできない

この感情は、とても人間的です。
そして、決して否定されるべきものではありません。

問題は、
この感情が「行動」に変わるときに生じます。


善意は「感情」であり、「判断」ではない

ここで、ひとつ整理しておきたいことがあります。

善意とは、感情です。
一方で、医療や保護の判断は、
結果に責任を持つ行為です。

この二つは、似ているようでまったく違います。

  • 感情は「今」を見ます

  • 判断は「その後」を見ます

野生動物医療の現場では、
このズレが問題になることがあります。


善意が引き起こす、三つのすれ違い

① 「何かしないといけない」という焦り

目の前で苦しんでいる命を前にすると、
人は「何もしない」ことに耐えられなくなります。

しかし、

  • 何かをすること

  • 正しいことをすること

は、同じではありません。

治療や処置が、
その個体にとって害になる可能性がある場合でも、
「何かしたい」という感情が先に立ってしまう。

これは、善意が持つ典型的な落とし穴です。


② 「やれば助かるはず」という思い込み

医療技術が進歩した現代では、
「やれば助かる」というイメージが強くなっています。

しかし野生動物では、

  • 成功率が低い

  • 苦痛が大きい

  • 予後が成立しない

という現実が存在します。

それでも、

ここまでやったのだから、助かってほしい

という気持ちが、
判断を後戻りできない方向へ押してしまうことがあります。


③ 「助けた自分」を肯定したくなる心理

これは、とても言いにくい部分ですが、
避けて通れない構造です。

人は誰でも、

  • 良いことをした自分

  • 命を救った自分

でありたいと思います。

しかしその無意識の欲求が、
動物の利益よりも「自分の納得」を優先させてしまうことがある。

これは悪意ではありません。
人間の自然な心理です。

野生動物医療が「治療しない判断」を選ぶ理由

前記事で触れたとおり、
野生動物医療では、

  • 輸血

  • 高度な侵襲的治療

  • 延命のみを目的とした処置

が、原則として選ばれないことがあります。

それは、

  • 冷酷だから

  • 諦めているから

ではなく、

👉 善意が、結果として命を苦しめる可能性を知っているから

です。


「かわいそう」は、動物の言葉ではない

野生動物は、

  • かわいそう

  • 助けてほしい

  • 生きたい

とは言いません。

彼らが示すのは、

  • 逃げる

  • 抵抗する

  • 動かなくなる

という、生理的・行動的な反応だけです。

そこに
人間の感情をそのまま重ねると、
擬人化というズレが生じます。


善意が続くと「引き返せなくなる」

一度治療を始めると、

  • 途中でやめるのは冷たい

  • ここまでやったのに無駄にできない

という心理が働きます。

これは
サンクコスト(埋没費用)効果と呼ばれる現象で、
冷静な判断を難しくします。

結果として、

  • 苦痛が長引く

  • 野生復帰できない

  • 人為管理から抜けられない

という状態に陥ることがあります。


「やらない判断」は、善意を否定しない

重要なのは、ここです。

野生動物医療が選ぶ
「やらない判断」は、

  • 善意を否定しているのではない

  • 冷たくなろうとしているのでもない

👉 善意を、現実の中で制御している

という行為です。

感情を持たないことではなく、
感情に飲み込まれないこと。


善意と責任のあいだにあるもの

善意だけで行動すると、
責任の所在が曖昧になります。

一方、
判断を引き受けるということは、

  • 結果を受け止める

  • 批判も引き受ける

  • 後悔も背負う

ということです。

野生動物医療の現場で
「治療しない判断」が重く扱われるのは、
それがもっとも責任の重い選択だからです。


これまでの記事との接続点

  • 輸血が原則選ばれない理由

  • 治療しない判断が動物福祉である理由

その先にあるのが、
この「善意の構造」の話です。

できないのではない。
やらない判断が、正解なことが多い。

その背景には、
善意が暴走する危険性を、現場が知っているという事実があります。


最後に|善意を手放すという勇気

何もしないことが、
いちばん誠実なこともある。

これは、
優しさを捨てろという話ではありません。

優しさを、引き受ける覚悟の話です。


まとめ|善意は否定しない。ただし、任せきりにしない

  • 善意は尊い

  • しかし万能ではない

  • 命を守るには、感情だけでは足りない

野生動物医療が私たちに教えてくれるのは、

「優しさには、構造が必要だ」

という、とても静かな教訓です。